2012/8/31  23:28

田舎の葬儀  雑感

最初に【お悔み】のメッセージを頂いた皆さん・・・ありがとうございます。

さて、今日の本題はちょっと変わった題ですが・・・。
私の田舎では・・・関東の様に【お通夜】と【告別式】の2日間・・・ではなく、【火葬】【葬儀】、家によっては間に【念仏】があったり、葬儀期間の最後に【念仏】・・・長いと1週間以上になります。

火葬と葬儀の間を数日明けるのは・・・多くの方に会葬していただけるように・・・との周知期間ではないかと思っています。

義姉の葬儀では・・・亡くなったのが12月31日にでしたから、火葬場が松の内は使えず、1月8日になってやっと火葬でしたから、葬儀期間は10日以上になりました。

岩手と埼玉を行ったり来たり・・・この後の祖母の葬儀を含めて5往復もしました。義姉の葬儀で疲れで蕁麻疹が体中に出て、会社を3日も休んでしまいました。そうこうしている間に先に述べた祖母が亡くなり、またしても1週間追加で会社を休み・・・1月20日ごろまで出勤できず、自分でも呆れるほど【遠い岩手】を恨めしく思ったものでした。

今回も最短にセッティングしてすら5日間。その5日間は一滴の雨もない暑い暑い日が続く5日間でした。人間も辛いのですが火葬や葬儀の間を車で過ごした【ココちゃん】の辛さは想像に難くありません。毛皮を着ているんですから・・・。

キャンカーの窓を網戸で全開にして、換気扇を最強にして空気を入れ替え。2時間ほどこの状態の後はアイドリングでエアコンを使用。こんなことを繰り返して1日を乗り越えて・・・これが5日間ですから辛いのなんの。

葬儀をしていても・・・ココちゃんが心配で心配で、何にも手に着きません。心がそこに無くても、兄は許してくれますよね。相手がココちゃんですから・・・。

とりあえず・・・一通りの葬儀が済んで今日戻ってきました。それにしても疲れました。とんぼ返りで2往復ですから・・・。5往復した時とは比べられませんが、その時よりは年齢的にハンデが増しています。もう・・・途中で一泊しないと、無理な年齢になりました。

今回は妻に内緒ですが・・・軽い心臓の発作も2回あったんです。主治医には『発作の間隔が近くなったら、確り検査しましょう』って言われていたのですが・・・今回はその必要性が自分で感じられます。山の上で発作・・・なんて怖いですから・・・。

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2012/8/29  18:51

岩手も暑い夏  くるま旅

月曜日に兄の火葬が済み、木曜日の告別式式まで二日間の休日でした。昨日は釜石の叔母を訪ねながら被災地を見てきました。釜石市でさえ復興は一向に進んでいません。
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2012/8/26  19:27

兄が逝く  日常

今日、頑張っていた兄が逝きました。ホスピスに移って僅か4日目でした。移った日に姪と電話で話し、姪は『伯父ちゃんが元気で良かった』と言っていたのが、僅かに3日前ですから・・・あまりに急激な変化。

土曜に私と妻が訪ねた時には【昏睡状態】で、おそらくは私達を理解することは無かったと思います。でも安定剤の影響かもしれず・・・ただ眠っているだけかも・・・そんな風に考えたい私がいました。

兄と私とは9歳も離れていて・・・跡取りの兄は祖父からも父からもとにかく大事にされ、我がまま放題に育ってそのまま大人になってしまったような人間でした。

私とは【水と油】、つい十年ほど前までお互いに歩み寄る努力もしないで40年も過ごしました。ずいぶん迷惑もかけられました。

でもやっぱり兄弟・・・ここ数年は私の思いも理解してくれて・・・常に感謝の言葉がまずありました。私もそんな風に変わってきた兄が嫌いではなく、兄弟としての10年を過ごさせてくれました。

昏睡状態になっても1か月も永らえている方も事実いらっしゃるので、そんな期待をしながら埼玉に向かっていたのですが・・・。

福島の松川PAで寝ていました。そしたら3時半ごろに大きな地震でした。キャンピングカーの高い位置で寝ていたので、震度6にも7にも感じていました。そして・・・何かただならぬ予感が・・・。

その予感は見事に的中しました。宇都宮まで戻ったとき兄の娘からの電話・・・今、逝った・・・っと。咄嗟に自分より先に息子が逝ってしまった母の顔が思い出されました。
母にどう説明したら良いのだろう・・・。

父が亡くなったとき・・・父が先に逝くのは自然の摂理・・・そんな思いが心の80lぐらいを覆っていて・・・泣くこともありませんでした。94歳まで生きたのですから大往生です。でも兄はまだ72歳・・・あと10年生かしてあげたかった。

その連絡があったとき・・・妻が・・・『お父さんが呼びかけた時・・・お兄さんの目から一粒涙が落ちたよ。だからきっと私たちの事を解ったよ』

私の心の中は土砂降りの雨の様に・・・涙が流れて止まりませんでした。

今回、一緒に山に行く約束をしていた方がありました。仕方のない事とはいえ、ご迷惑をかけたのは事実です。あらためてお詫びさせていただきます。気持ちよく・・・また土日にでも計画しようと言ってくれました。ドクターで忙しい中を割いてくれた時間でしたから、貴重な夏休みを台無しにしてしまいました。

こんな時まで迷惑をかける兄・・・でしたが、ホスピスに移って4日目という速さですから、如何に短気な事か。痛みで苦しむ姿を家族に見せずに逝ってくれて、初めて兄を褒めたいと思います。

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2012/8/24  19:21


秩父御岳山、標高は1.010b程ですが、標高差500b以上を一気に登ります。登山所要時間としては最短コースで2時間です。ところが・・・下の地図をご覧いただきたいのですが、一番左の【落合コース】が崩落で使えなかったのです。
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結局林道を歩いて地図上で右手にある、【強石コース】を使わざるを得なかったのです。林道歩きは楽しくありませんが、逆に帰りは同じコースを歩くのが嫌だったので林道だけで下山しました。登山者としては一人も会うことがありませんでした。

僅かに・・・林道を工事していた方に会えただけ・・・平日の・・・マイナーな山はこれも仕方のない事かもしれません。静かな山を求めてはいますが・・・少しは登山者もいてくれないと・・・テンションが上がりません。

写真は大滝の落合にある普寛行者の生誕地、【普寛神社】です。ここが落合コースの登山口になります。
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コースをあれこれ・・・混ぜこぜで登山者を誘導しますから、分かりづらくて困りました。
ただ、そんな中でも要所要所には道標が設置してあって、迷うことはありませんでした。
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最後の1キロぐらいは痩せた尾根の急登で、そこそこ本格的な登山と感じる・・・面白い山でした。今日・・・膝の痛みと筋肉痛がありますから、身体の状況でもそれが裏付けられました。まあ・・・手軽に行ける山としてキープしておいても良いかもしれません。

ただ・・・我が家から2時間もかかりますから、効率は良くないんです。2時間あれば・・・勿論高速を使いますが・・・八ヶ岳や浅間山、谷川岳・・・名だたる名峰に行けるんですから・・・わざわざマイナーな山に再び行くチャンスは無い気がします。
前々から興味があった事もあって、鍛錬山行としては満足の一座でした。

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2012/8/23  19:36

普寛上人が開山  登山(百名山以外の山)

朝5時、アラームにたたき起こされて・・・とっ言っても自分でセットしたのですが・・・自分でセットした手前、イヤイヤですが起き上がりました。

アラームで起こされた妻は、私が起き上がらないので『今日は行かないんだ!』と思ったそうです。再び直ぐに眠りに落ちた妻、目が覚めたら私がいないのでビックリ。

時間的な事もあるので候補を二つに絞りました。一つは山梨側の【乾徳山】、そして埼玉側の【秩父御岳山】。道の駅大滝温泉に到着したら既に7時半でしたから、今日は乾徳山を諦めて御岳山に。

地図でもないかな・・・と温泉などを覗いてみましたが、それらしきものはありませんでした。まあ登山者の数が数ですから、行政も力を注ぐのにも限界があるかもしれません。

普段ならそれでいいのですが、ところが今回は【落合からの直登コース】が崩落で工事中・・・結局強石地区から登ってくる林道まで迂回させられ、道が分かりづらくて苦労しました。メモ的な地図で良いですから、用意してほしかったなあ〜〜。

普寛上人と言えば俗に言う【修験者】だと思うのです。【役の行者】などと同様に良く知られています。木曽の御嶽山や越後の八海山(屏風道)、上州武尊(じょうしゅうほたか)を開山したことはご承知の通りです。

八海山は普寛が開山した後、爆発的に修験者が訪れるようになりました。【大日岳】の様に仏様の名前が冠されていますが、その修験場としての名残なのでしょう。

当時、登山は修験者や特定の人達だけのモノだったはずですが、普寛が多くの山を開山したことによって、庶民の中にも信仰登山が浸透していったようです。現在私達が登山を楽しめるのは普寛様のお蔭なんですね。

秩父御岳山は・・・当時木曽まで行くには大変な旅行でしたから、手軽に庶民が信仰の対象として楽しめるように生誕の地秩父にも【御岳山】を開山したのです。
こうした疑似信仰の対象となる御岳山は全国に点在しています。

私の住む街が普寛上人の終焉の地なんですが、妻はその地にある神社の境内で子供の頃遊んでいました。妻が生まれたのはこの神社のすぐ近くだったのです。たまに【歩き】でその境内もコースに入りますから、普寛上人は何となく近い存在に感じています。

埼玉県北部では【普寛信仰】が結構盛んなんです。それにしても修験者って仏道なんでしょうか?   それとも神道なの・・・良く解りません。

熊野を歩いたり出羽三山に行くと、本当にそんな疑問が湧いてきます。もっとも廃仏毀釈以前にはそんな概念もなかったのですから、今の感覚の方がおかしいのですが・・・。

写真は山頂の社と鐘です。この鐘を秩父中に響き渡るほど、思いっきり3発もひっぱたきました。もちろん願うは家族の健康です。
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