2013/11/11  21:44

タイヤ交換  リタイヤ生活

ここ数日、やっとモチベーションが上がってきて、ホームページに中山道踏破の記録をアップすべく努力しています。

大分、進みましたのであと数日でアップできると思います。通りすぎる風景に興味があったらおいで下さい。史跡・街並み・風俗・・・上手く表現できていればいいのですが・・・。

昨日、デイーラーに電話したら、今日時間が取れたので冬タイヤに履き替えました。ある理由があってたいや交換数回分は無料でやってくれることになっていますし、今日は軽トラで履き替えるタイヤも運んでくれたんです。

フロントガラスのところから水漏れしていたのも、原因を見つけて修理してくれました。真面目な店長がいるので、ながーく付き合っているんです。

車検の時にトラブルがあったのを、この店長が責任を持って対応してくれて。トラブルはよく聞きますが、そのあとの対応で信頼を築けることを知らない人が多すぎますね。この店長は評価できます。

先日、道の駅あぐりの郷栗東でバッテリーがあがった車に、ケーブルでバッテリーを供給してあげたんですが・・・。

去年私があがったとき・・・繋いでくれた若者が教えてくれて・・・でも私はどっちから繋いだら良いのかすっかり忘れていました。

そして・・・多分・・・と思ってやったのがマイナスを先に。でも今日教えて貰って解りました。もう忘れないように紙に書きました。

貰う側のバッテリーのプラスを先に・・・それを送り側のプラスに繋いで、送る側のマイナスを繋いだら貰う側のマイナスに

これが正しい順番だそうです。別の順で繋ぐとボディ自体がアースになっているので、万が一触れた場合にショートさせることがあるらしいのです。

なるほど・・・先日あげるときに・・・私のプラスは火花を出してました。納得。

キャビンのバッテリーの電圧を測ってもらったら、13・75Vありました。バッチリです。

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2013/11/8  19:20

歩いてこそ見える風景  中山道

先日、あまりの腰痛を我慢できずに、ブロック注射を初めて自ら希望して打ってもらいました。
どうしたことか・・・そしたら余計に痛みが増したんです。

今までなかった1時間休んでから帰るタイプ・・・ところが、その日はみんなが1時間休んで帰るタイプのブロック注射・・・変でしょう。

患者さんの症状に応じて変わるなら納得できますが、今までは全員が30分休んで帰るタイプなのにこの日は違いました。

まあ・・・面倒見て貰ってますからこれ以上は言いませんが・・・経営的な視点からの治療のような気がするのは、私が穿った見方をしすぎるのでしょうか。

治っていれば言わなかったかもしれませんが、痛みが増したので【坊主憎けりゃ袈裟まで】って感じでしょうか。

今日はとうとう両膝にヒアルロン酸を打ちました。とにかく注射の好きな先生なんです。薬も山の様に出ますし・・・。年内は我慢して通ってみますが、腰や膝の痛みが取れなかったら通院はストップです。

さて今日は歩いてこそ見えてくる風景を取り上げてみました。面白いか、つまらないかは個人個人の感性ですから・・・面白いと良いんですけど

栗東市にあった水路の分水です。同じようなものを甲斐大泉で見たことがあります。それは水争いを防ぐために武田信玄が考案した・・・と言うものでしたが、これも歴史的な重要性を感じます。
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単に片づけられない症候群の方が住んでいるだけ・・・とは思えず、かなりの芸術性を感じるアート・・・に見えませんか?  大津市でみつけました。
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滋賀県の県庁庁舎です。昭和14年に建築されました。いまだに現役で活躍している県庁庁舎としては最古のものですから・・・凄い。良く解りませんけどロココ調なんだそうです。

会津若松市役所の庁舎も昭和11年に建築され、今もって現役で活躍しています。もったいなくて現代風のビルなんかにしたくないですね。まだまだ大切に使われるのを見続けたい気がします。
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街角にひっそり・・・こんな碑にどれだけの人が気付くでしょうか?   ロシア皇太子、のちのニコライ二世が警備の警察官【津田三蔵】に切り付けられた、大津事件を歴史にとどめる小さな碑です。

碑は小さいですが・・・当時の日本とロシアでは国力に大きな差があり、報復に戦々恐々とした中で日本の司法の独立を守り通した大きな意義を刻んだ碑です。
しかし場所は確定できずに、『このあたりで・・・』という表記になっています。
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2013/11/7  22:53

歴史の舞台  中山道

京都は幾多の歴史の舞台になってきたところ・・・近づくにつれて史跡がそれを証明してくれます。たとえば・・・。

昨日の亀の門がある【義仲寺】。平家を追悼した木曽義仲が、同じ源氏一門の義経らに討たれて葬られた場所でした。側室の巴御前が移り住んで庵を結んだと言われています。

その無名庵に後年、松尾芭蕉が長く逗留していました。亡くなったのは大阪ですが、弟子たちに遺言で『木曽殿の隣に葬ってくれ』と託していたとか。

弟子たちは遺言通り義仲寺に芭蕉を葬ったのですが・・・又玄は【木曽殿と背中合わせの寒さかな】と詠んでいます。何だか又玄の心中は・・・芭蕉の思いとは違う気がします。

不思議なのは・・・なぜ芭蕉は数百年も時が経ち接点のない義仲の隣で眠りたかったのでしょう?

諸説ありますが・・・芭蕉は義仲の人間性が好きだったのは間違いなく、具体には【滅びゆく美学】みたいなものを感じていたのでは?

正直で豪胆なだけの義仲は、権謀術数にたけた頼朝の前には赤子。簡単にひねりつぶされ歴史の舞台から消えて行きました。でもそんな義仲が・・・江戸時代後半までは人気絶大だったそうです。

芭蕉も多くの江戸っ子も謀略で天下人になった頼朝よりも、歴史から消えて行った義仲に哀れを感じていたのでしょう。そんな美学を日本人は好みますから。

真田幸村・土方歳三・大石内蔵助・河井継之助・・・勝利者ではないのに未だに多くの日本人に愛されている人物達。私もどっちかというと、そんな美学を抱く人間なんです。

だから・・・こんな話がゴロゴロ転がっている歴史の中心となった京滋・・・本当に楽しく歩いてきました。妻の足は三条大橋まで何とかもってくれました。

詳しくはホームページの【中山道】のコンテンツでお楽しみください。写真は義仲寺です。この門の屋根瓦が昨日の写真です。
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写真をクリックすると、説明版を大きくしてご覧いただけます。
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2013/11/6  19:36

ゆっくり流れる時間  中山道

まず・・・祝福のコメントを頂いた皆さん、ありがとうございました。

日本橋を出発した時はまだ現役時代で、その当時の部下が『あの当時の話を思い出した』というコメントを寄せてくれて・・・めっちゃクチャ嬉しいです。

この記録も何時かは寄せられたコメントの様に、仲間達の思い出を紡ぐ【タイムカプセル】になる事を願っています。

素人氏が今日、柿と野菜と苗を持って遊びに来てくれました。サニーレタスや水菜を畑に植えたら、ますます畑らしくなりました。ぜえーんぶ貰った苗ですけど、植え終わった状態だけを見れば立派に畑・・・です。

ひょっとして・・・相棒も寄ってくれるかなーーと期待していたのですが、どこか遠くで仕事だったようです。この相棒『よく飽きずに7年間頑張ったね!』って。

飽きずに・・・傍から見れば確かにそうかもしれませんが、終わってみると・・・飽きるどころかまだまだ引っ張って歩いていたい。

実にスローな時間だった気がします。今までアクセクした時間の旅行だけだったのが、大変な損をした感じです。

大病あり・・・の、身内の不幸あり・・・大変な7年間でしたが、語弊がありますが充実した時間だった気がします。ゆっくりたっぷり楽しめた7年間だったと思います。

車で通りすぎるだけでは気づくことが無かった世界を、沢山、たくさん、タクサーン吸収しました。スローでなければ私の人生でない・・・。

屋根の上にこんなものを発見しました。歩いていないと無理でしょう、こんな画像は。妻には『だから足の骨を折るのよ!』と怒られますけど、こんな発見が楽しいんです。

大津の義仲寺の鬼瓦です。面白いのは左端の【亀】。怖いのは鬼瓦だけでなく、亀も目を吊り上げて怒っています。
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亀は【玄武】と言われ、方向的には【北】を表し、色では【黒】を意味しています。ですから私の想像ですがこの門は【北面】だと思うのです。

大相撲の放送で『黒房(くろぶさ)下に寄り切りました』なんてアナウンサーが言っています。あれは北なんです。ちなみに【白虎】や【青竜】・・・なども聞いたことがあると思います。青は東を表し陽の登る方向なので勢いのある登り竜、季節は春を意味しています。

だから人生の・・・勢いがあって、日が昇るような時期を【青春】と呼ぶんだそうです。長くなりましたが、そのために北のこの場所に【亀】が置かれていたのではないか。

こんな事を考えて楽しんでいるから、側溝に落ちて骨折したのかもしれません。

ついでにこんなのはどうでしょう。戦う仏様ですからお不動様か毘沙門天様、愛染明王様・・・のようですが、邪気を払うために祭られているようです。
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この仏様も剣を持っていますから戦いを象徴する仏様ですが、確り守ってくれそうですね。
ゆっくりの旅・・・が楽しそうだ・・・と思えましたか?  そう思っていただけたら、嬉しいのですが。
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タグ: 鬼瓦 白虎 青竜

2013/11/5  23:58

虚脱感?  中山道

虚脱感なのか・・・単に身体中が辛くてモチベーションが下がっているだけなのか、ホームページに中山道踏破をアップする気力も失せています。

結局、何も手に付きませんでした。DVDを観ていても・・・いつの間にか転寝(うたたね)でドラマの内容はすっかり飛んでしまって。

もう少しゆっくり時間を置いてから、動き始める事にします。

今回のベースキャンプにした道の駅【あぐりの郷栗東】。事前の調べではパン工房やら豆腐工房、餅も食べさせてくれると言うので、食事はここで調達しようと期待していたんです。餅やパンが大好きな私としては、持って来いのキャンプサイトでした・・・が。

何も用意していなかったので翌日分の食事として、かやくごはんとぼた餅を頼んでおいて中山道を歩いたのでした。

この時点でかやくごはんは味が無く、餅工房は餅を作っておらずひょっとして期待に反するものかも・・・・と、予約した事を後悔し始めたのでした。

早速食べてみたパンは変哲のないものでしたし、予想通り翌日中山道から戻って受け取った品々は欲求不満になるのに十分なレベルでした。

ホームページにあったことを真に受けて失敗しました。スーパーで惣菜を買って来た方が良かった。

それでも道の駅の規模はコンパクトで、夜間の駐車場は静かで快適でした。新幹線が脇を通っていますので日付が変わるころまで、音が気になる方は辛いかもしれません。

ここは友人ホロホロ3世が本州に来たときに必ず寄る道の駅。ブログ等で目にしていたので、馴染みがあって懐かしさはプラスのポイント。

車に息子を置いたまま守山駅を利用していたので、駐車場を利用する車の台数が少ない事や、駅まで2キロ弱と言う微妙な距離も歩くのにはOKでした。

我が家が旅をするのに道の駅は、欠かせない重要な条件です。しかし最近は道の駅が宿泊させない事も出てきたと言うので驚いています。

別料金を取って止めさせるとの事。誰が考えるんでしょう、そんなこと。確かに何日も停滞している私みたいなのがいて、駐車スペースを占有していますからね。

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