2016/4/9  22:55

北島三郎ショー  リタイヤ生活

今日は嬉しい報告が盛りだくさんです。

まず1つ目が元主治医の診察です。顔を見るなり元気になったねーって。一目でわかるほど様子に変化があったようです。

毎日見てると変化に気が付きませんでした。

それを裏付けるように今日の血液検査・・・白血球とリンパ球数(%)から求めるTLC(免疫力の指数)ですが、ほぼ4年ぶりぐらいに大台を突破して2100もありました。

良い傾向です。それと今日の北島のショーの間の2時間半、同じ姿勢で座っていられました。途中でダメになるだろうと思っていたので、これも嬉しい誤算です。

そして2つ目は北島三郎に会えたこと。

6時からのショーに姪が5時20分ごろ来て・・・送っていくよ・・・って。

姪がチケットをプレゼントしてくれた時、兄が大好きだったから見せてあげたかった・・・と言ったのを覚えてくれていたようです。

私は昨日のブログにも見せてあげたいなんて言っていたのに、浮かれていて兄の事をすっかり忘れてました。

姪が・・・忘れ物ない? チケットは? パパは(私の事をパパと呼ぶ)お兄さんを背中に背負った?

私・・・?  意味が解りませんでした。

姪・・・お兄さんに見せたいんでしょう! 背負って連れて行かないと・・・。

私・・・やっと意味が解りました。姪の気持ちに感激です。

この言葉がショーの間頭から離れなくて・・・実は兄はフアンではあったし、北島の歌がものすごく上手くて・・・カラオケでいつも歌っていました。

そして背の低い所から少し猫背で・・・顔までが・・・北島にそっくりだったのです。

開演して緞帳が上がると、はかま姿の北島三郎がステージの中央に立っていて・・・それはもう4年前に旅立った兄の姿でした。

しぐさもそのまんま兄の姿が・・・涙があふれて止まりませんでした。

兄とはいろいろあって・・・若いころは大嫌いでした。苦労知らずで金はあるだけ使ってしまい、父と母を苦しめました。

晩年は息子娘からも見放されて、寂しく病魔にむしばまれて亡くなりました。

息子・娘に見放されて苦しんでいた時、私は気が付いてあげられなかったという負い目が未だに私の心の中に影を落としています。

もっと優しくしてあげられなかったのか・・・今は後悔ばかりです。悔しかったろう・・・寂しかったろう・・・怖かったろう・・・いろんな思いが思い出されての涙でした。

中盤では・・・北の漁場・・・北海道の伯父の18番でした。これも思い出されて・・・涙。

結局初めっから終わりまで目にハンカチを当ててました。

北島三郎・・・今年で80歳・・・それであの声量ですから。

さすがに80歳は80さいで、さびの部分で声が出ないところは、北山武という娘婿の歌手が一緒に歌います。

ショーの半分は綾小路公麿まがいのトークでした。少し物足りなくもありました。

北島と言ったらやっぱり歌をたっぷり聴きたい・・・声が続かなくなるんでしょうね。2時間以上ですから。

全盛時に聴けたのならどれほど素晴らしかったことか。でも本物の歌が聴けましたから思い残すことはありません。

ちなみに聴衆の平均年齢は・・・おそらく75歳。80歳が歌ってますから、決しておかしくはないのです。私達60代が若手と思えるほどの方々でした。満員です。

妻にペンライトが欲しいと言ったら・・・返事もなく無視されました。平均年齢75歳がペンライトを揺らすショーでした。

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